ご紹介
(1)2011,3,28-31熊本・鹿児島鹿屋の演奏参加の経緯
荒川ファミリー(荒川知子・父・母)は、仙台で3月11日の大地震に遭い、ライフラインがすべてス
トップした中で生活しました。数日間雪の日が続き、石油ストーブを持ち合わせてなかったので、暖房の無い中で過ごしました(その後近所の先生が持ってきて下さいました)。食料は、米の買い置きがあったので何とか空腹は免れましたが、その他の食料は朝5時から並んでやっと購入。飲料水は2・3時間並んで一人ペットボトル一人1本ずつ。特に大変だったのは、ガソリンで、長蛇の列も目の前でガソリンが無くなり、また探し回る始末でした。それでも、海岸地帯の津波災害に遭われた人たちを思えば、我慢は大した苦労ではなかったのです。
そうしているうちに、秋田県大仙市(大曲)の妹からひとまず避難して来なさいと言われ、奇跡的にバスのチケットを手に入れることができ、家の中の散乱はそのままに、雪降る山道を山形経由のバスで大曲に避難しました。
実は、昨年末から「熊本市のとっておきの音楽祭」と「鹿児島県鹿屋(かのや)市のコンサート」に参加が決まっていましたが、この災害で参加の取り止めを通知いたしました。
ところが現地では熟慮の末、東北の災害支援の「チャリティー音楽祭」のイベントとして実施を決定し、荒川ファミリーに来てくれないかとの相談があり、急きょ参加を決意し、避難先の妹の服をステージ用として借用し、秋田空港から参加した次第です。幸いだったのは、楽器と楽譜ファイルだけは避難の際手放さず持参したので、演奏に支障をきたすことなく実施できたのでした。大変な事情にありながらも、被災地の様子を訴えながら演奏を続けた訳です。
いずれの地域でも被災に対する思いは感動するほど強く、沢山の義援金等によるご支援を頂きました。
娘 知子のピュアな音色はその音楽とともに、言葉を遥かに越えて、聴いて下さる方々の心にその思いを語りかけたように思います。
熊本・鹿児島の両地区で、急きょ変更された運営には大変なご苦労があったことと思いますが、素晴らしい盛り上げを見せて実施されました。熊本の入部会長をはじめ、沢山のスタッフの皆様、また鹿屋市の松田先生・スタッフの皆様のご努力に感謝いたします。そして、後日その際集められた義援金を仙台までお持ちになられ、宮城県共同募金会を通して、被災された小・中学校の子供たちに音楽の楽器を送られたり、また施設の倒壊にあった通所施設に手渡されるなど、感動的なご活躍を為されました。
「メディア掲載」にある、新聞掲載記事は、このような事情の中での活動を記載したものす。
新聞掲載記事をご覧下さい。
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