プロフィール
★荒川知子とファミリーアンサンブル★
荒川知子は千葉市出身。ダウン症の障害を持って生まれました。千葉市内の特別支援学級 〈たんぽぼ学級〉で学び、中学校から仙台に転居。いずみ養護学校の高等部・専攻科を卒業し、 現在、泉区高森にある「すていじ仙台」でケーキやクッキーを作って働きながら、「荒川知子とファミリーアンサンブル」として全国各地で演奏活動を続けています。
ファミリーは、父 荒川健秀はフルート・リコーダー、母 荒川幸子はピアノ、兄 荒川洋は “新日本フィルハーモニー交響楽団” のフルート首席奏者、 洋の妻はチェロ奏者という音楽一家で構成しています。
現在、全国各地で演奏活動を続けておりますが、通常は東京在住の2人は日程上困難ですので、知子・父・母の仙台市在住の3名で演奏しています。知子の澄んだリコーダーの音色を中心としたアンサンブルは、その笑顔と共に聴く人の心にたくさんの感動を与えています。
CD「イーハトーブ ウィンズ」、CD「ありがとうの音楽」(コロンビア)で「愛の唄」を収録。2008年3月に「荒川知子とファミリーアンサンブル」のオリジナルCD「みんなしあわせ」を 発売し、現在も全国で好評を博しています。このCDの中の「ソレアード」で、知子が歌と語りを入れて収録していますが、コンサートの最後には必ず演奏し、皆様に大きな感動を与えています。
2010年11月、CD「しあわせのたね」(マキシシングル版)をセカンドアルバムとして収録し、好評発売中です。
宮城県共同募金会『赤い羽根親善大使』として2005年に依嘱を受け、活躍しています。
熊本県人吉市『しあわせの親善大使』として2010年より委嘱を受けました。

熊本とっておきの音楽祭で
知子のこと1
★《製作秘話》
CD最後の曲「ソレアード」、知子の歌収録について
CDの当初の計画では、「ソレアード」は楽器のみで演奏する予定でした。光田さんの編曲が素晴らしく、録音していても楽しさでうきうきしていました。
収録が進んでから、プロデュースして下さったあんべ光俊さんが、「知子さん歌ってみたら!」と指示され、家族はびっくり。スタジオで歌う知子の歌をモニターで聴いて、「少し練習したらいけるじゃない。」と言うことになり、一週間後の収録を予定してしまいました。
さーて大変、家に帰ってから知子は一生懸命練習です。でも、何よりも知子の歌の磨き上げのお手伝いをしてくれたのが、同時に収録したNHK仙台放送少年少女合唱隊の歌でした。何とか皆と同じように歌いたい一心から、何度も聴いて合わせていました。
一週間後、スタジオでマイクに向かい、ヘッドフォーンをつけ、事前に録音されている伴奏に合わせて一人で歌の収録です。ミキサー室で聴いていた我々もびっくりしてしまいました。実に見事に歌っています......。 あんべさんはその歌声を聞きながら、涙ぐんでいるではありませんか。、「よし、これでいこう!」と、予定だにしなかった歌を伴った「ソレアード」が完成した次第です。
知子と同様の障害を持つ仲間は、発声の際の脱力が難しく、歌うことを苦手にしています。脱力がなかなかできず力んで発声するため、音域が狭くなり音程感を無くしてしまいます。でも、歌いたい心、好きでよく音楽を聞く耳、やってみたいと言う興味が色々な困難を乗り越えさせてくれたのかも知れません。ただ、日頃の演奏会ですべて巧くいくかは分かりません......。 あんべさん、スタッフの皆さんありがとうございました。
ソレアードを歌う
知子のこと2
★「交流学級・3年のリコーダーテスト演奏」
知子は、小学校では「たんぽぽ学級」と言う支援学級で育ちました。音楽は皆で体験できる科目であるだけに、交流学級という普通学級の中に入って一緒にやります。その3年生の音楽授業でのお話しです。
9月頃リコーダーのテストがクラスで行われました。クラス全員一人ずつ前に出ての演奏です。テスト時などは、真面目に聴いてはいないので少しうるさかったのでしょう。知子の演奏の番になってもざわざわしていたようです。ところが知子のリコーダー演奏は曲を間違いなく素敵に演奏するもので、クラスの仲間が次第にシーンとなり、演奏終了時には皆驚いてしまい、全員立ち上がって大拍手をしてくれたそうです。今で言うスタンディングオウベーションでしょう。知子はそれまで、こんな素敵な感動を受けた事がなかったので、驚きと感動のあまり皆の前で「おい、おい」と大泣きをしたそうです。
この事を放課後学級担任の先生から電話でお話しがあり、親は初めて知りました。この感動があってから、知子はリコーダーに熱中するようになり、毎日毎日リコーダーを手放すことはありませんでした。今こうして素敵なコンサートを持つまでになったのは、このことが大きな力になっています。
友達や仲間が褒めてくれたり励ましてくれる力がどんなに大きいか、学級集団の力のすごさを教えられ、一人の子供の一生を変える力にもなり得ることに気づかされました。いつも学校で行うコンサートの時にはこの事を話しますが、終了時には校長先生からは、「良いお話しを聞かせて頂き」と、いつもご挨拶を頂戴します。リコーダーと言う楽器を通した音楽の力が、こんな素敵な場を作ってくれたのでしょう。
知子が演奏に使っているリコーダー
知子のこと3
★《知子の小学校卒業時の文集寄稿文》
「こころゆたかに 知子」
(1995年3月、記) 父 荒川健秀
小学校卒業という子供の成長の節目を迎え、わが子のこれまでの活躍や自己主張、生活の様々な姿が懐かしく思い出され、これからも思いのままに生きて欲しい、生きられる場や活動をなんとしても提供してやりたい気持ちでいっぱいです。
わが家の庭には、子供たちが「トトロの木」と呼ぶ大きなヤマモモの木がある。友達と一緒に登ったり飛び降りたり、春には豊かに実った赤い実を食べてから学校に行ったり、冬の寒さの中でも安住の場所を得たかのように居座っていたり、毎日の生活にいつも大きな存在であったこの大木と共に成長した、わが子『知子』の六年間の成長に感動を覚える。
学校帰りのバス停のベンチで一時間も歌をうたってから帰って来たり、焼き鳥屋のおじさんと長々と話し込んで来たり、学校への行き来の中でも実に見事に自分なりの楽しみを見つけながら通っていた。目的地へ早くと思う親の気持ちもないわけではないが、生活を楽しむ心をいつも豊かに持って欲しいと願っている。なによりも心素直に活動ができ、わが子なりに存在を主張する場を、学校という集団生活の中でつくっていただいたことに感謝せずにはいられません。
知子は音楽大好き人間。でも、なんとしても自分自身でやりたい持ち前の頑固さのためか、他人から教えてもらうのは大嫌い。CDやVTRを何度も何度も視聴し、耳に残った音楽をおぼろげながらもピアノやたて笛で演奏してしまう。大好きな大好きな音楽で自分を主張しようとする彼女なりの心の強さをしみじみと感じている。
大人でも子供でも、人は皆自分の存在を確かめながら豊かに生きて行こうとしている。こころの中にある想いを、「身体の動き・ことば・絵・音・・・・・笑顔だけでも」表現しようとする。その心の想いを表すことが子供にとって生きることそのものであるかもしれず、また生きることは表現することそのものなのかも知れません。
たんぽぽ学級の先生方のご指導のご苦労は計り知れませんが、あの「にぎやかで、楽しそうな」子どもの遊びや、「数字・漢字に取り組む真剣さ」は、彼らなりに可能性を求めて、必死に生きている姿だといつも親は思い続けていたい。多くは望まないが、「これだけしかできないだろう」は、わたしの禁句。さあ、なんでもやってみよう。
中学校は残念ながら仙台に転校ですが、素晴らしい先生方のご指導と仲間に囲まれた小学校生活を過ごさせていただいたことに、深く深く感謝申し上げます。
知子の小さい時の絵

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